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連載「電子決済の存在意義を問う」 第1回 幻想に終わった汎用電子マネーの普及

2015/11/30

連載「電子決済の存在意義を問う」 第1回 幻想に終わった汎用電子マネーの普及 利用金額は流通系二社で八割の寡占化状況

 日銀は今年の5月から電子マネーの利用状況の統計を継続的に公開するようになった。この結果、電子マネー各社がプレスリリース等で断片的に公表している数値と業界全体とを突き合わせることが可能となったが、その結果は流通業にとっての電子決済の存在意義を、改めて問い直すものとなった。
 日銀の統計の電子マネーは非接触ICカードを用いたプリペイドカードに限定しており、具体的にはSuicaなどの交通系電子マネー、楽天Edy、セブン&アイグループのnanaco、イオングループのWAONが対象となっている。
 昨年の年間利用件数は40億件、利用金額は4兆円であるが、各社の公表値と見比べると、利用金額の48%をWAONが占め、利用件数ではnanacoが3割強で首位であることがわかる。WAONとnanacoの利用金額の合計は市場全体の8割を越したものとみられ、実態は流通系2社の寡占状態となっているのである。
 首都圏で働くサラリーマンにとっても電子マネーは生活になじんでいるが、それだけにこの統計数値は生活実感からは予想外なのではないだろうか。
 首都圏では目立つ交通系マネーは、鉄道各社の合計値で見れば利用件数は3割強でnanacoと争うが、駅構内での利用率が高いので購入金額が低く、地方では普及も低迷しているので、全国レベルでの金額シェアは2割に届かない。
 さらに電子マネーの先駆者のEdyに至っては、利用金額・件数共に全体の数%でしかない。Edyも成長が続いていて前年割れしたわけではないのだが、流通系2社の高い伸長率に追いつけていないことから、結果的にシェアを落としているのである。
 一方、WAONは利用金額の9割がイオングループ内の店舗であることを認めている。おそらくnanacoもほぼ同様の状況と見られるので、4兆円の利用金額の約七割は、実はイオンとセブン&アイの傘下企業で使われていることがわかる。電子マネーを扱う店舗数は2社の系列企業以外の方が多いのだが、利用実態としては寡占化が進み、ひどくゆがんだ構造となっているのである。

数十万台のリーダーは無用の長物となった

 99年にゲートシティ大崎のam/pm(当時)等でEdyの実証実験が開始され、04年にはSuicaショッピングサービスが正式にスタートした。さらに05年には、NTTドコモがiDを開始し、アクワイアラであるクレジット会社は40万台の端末配備を目指した。
 また05年には、JR東日本とNTTドコモが複数の電子マネーを1台のリーダーで処理できる共通インフラを作るための「Suica普及有限責任事業組合」を設立した。同年にはセブン&アイが自社の独自マネーの導入を決め、翌年5月には複数マネーに対応したマルチリーダーを導入することを公表した。
 様々なブランドのカードを処理できるインフラがクレジット業界では90年代に整備されていたので、こうした動きはクレジットと同様に、電子マネーも様々なブランドが共通に使える「汎用マネー」となるものと受け止められた。
 07年にnanacoとWAONが始まった時でさえも、流通系カード会社の業界参入以上の意味を見通せた識者は電子決済の業界の中にもほとんどいなかった。誰もがどこでも使える電子マネーの普及を将来像として描いていたのである。
 確かに、電子マネーの端末は全国で90万台前後が稼動しており、今では大半が複数マネーを処理できるようになっている。共通インフラは確かに整備されてきたのである。しかし現実の利用実態は、先ほど述べたように利用金額の7割が流通大手二グループで占められ、しかも寡占化は年々進んでいるのである。
 つまずきの原因は多数あるのだが、一つの象徴的な出来事は「Suica普及有限責任事業組合」ではないだろうか。07年3月には「ららぽーと横浜」で共同利用端末が稼動をはじめ、共通化の動きが現実になると思われたのだが、実際にはそれは一種の誤解に基づく幻想でしかなかった。JR東日本の本音では、Suica普及有限責任事業組合は、あくまでもSuicaの駅以外での普及を目指す文字通りの枠組みでしかなく、JR東日本の駅ナカでの共同利用には門戸を開かなかったのである。
 40万台の端末配備を目指したiDの展開策も反面教師とはなる。アクワイアラの加盟店開拓の選択基準が粗雑で、クレジット売り上げの高い加盟店を中心に展開してしまい、本来電子マネーに適した小額決済の店舗ではなかったのである。無償で配られた端末なので加盟店の腹は痛まなかったが、元々ミスマッチなので利用率は数%に留まって、販売増には結びつかず、数十万台のリーダーは程なく無用の長物となってしまった。
 実は流通大手2社は、電子マネー業界の動きを冷静に見極めていた。イオンクレジットサービスは、電子マネーを早くから検討しており、02年2月には「AEON Cash」を発行して、イオンの幕張本社ビル勤務者を対象に実証実験を行っていた。
 セブン&アイではコンビニ他社の電子マネー導入の動きに注視していたが、汎用電子マネーの単なる導入には懐疑的であった。汎用電子マネーのビジネスモデルのいくつかの欠陥を見通していた。
 nanacoは、申し込みの際に住所・氏名を書く記名式であるところに、その真の目的が示されている。単なる独自マネーではなく、CRMや販促に利用することが当初から強く意識されていたからである。
 また、ポイント付与率は販促策に併せて柔軟に変化できる仕組みが作られ、商品を提供するメーカーがポイント原資の一部を負担するといった施策もスタート直後から行われている。来店客の利便性よりも、自社の販促策として電子マネーの可能性を追求したわけである。
 利用金額の7割を流通2社が占めるようになったのは、電子マネー事業者に起因する制度上の課題もあるが、むしろ加盟店の姿勢が支配的要因であると考える。電子マネーを受身で導入したまま利用率が低迷している加盟店と、主体的に応用策を追求した2社のマインドの差が、利用金額の格差に繋がったのである。
(電子決済コンサルタント 結城宏)

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